とんねるず と ダウンタウンの違い?

こんな90年代の彼らの特性を一言で言うならば、
「シニカルなチンピラ」というのがぴったりだと自分は思っています。


「チンピラ」というのは、前述のような破天荒な所をさすわけですが、
当時彼らがテレビでやっていた半分は、
後輩をいじめたり、他のタレントの悪口をいったり、と
正直、尼崎のチンピラがやっていた「おもろい」ことを
公共の電波を通してやっていたに過ぎなかったと思います。

が、それでも、その破天荒さが、あの時代の一部の若者には痛快に写ったのも事実で、
このモラル関係なしの破天荒さが、彼らのカリスマ性を生んだ一因だとも思っています。




ただ、その破天荒な一面だけだったら、
ある意味、彼らとよく比較される「とんねるず」も同じと言えるかもしれません。
しかし、彼らと「とんねるず」には、大きな、そして正反対の違いがあるのです。


それは、同じ破天荒でも、


とんねるずは、
 「体育会系」「さわやか」「前向き」「ポジティブ」 なのに対して


ダウンタウンは、
 「文化部系」「シニカル」「後ろ向き」「ネガティブ」 なのです。



ここが、ダウンタウンが、これまでの破天荒なタレントとは、全く異なる点でした。
これまでも破天荒なタレントは、たくさんいたと思いますが、
彼らは、唯一、シニカルでネガティブな破天荒さをもっていたのです。


歌をだすにしても、とんねるずは、芸人でありながら、さわやかでかっこいいです。
しかし、ダウンタウンはといえば、
「明日になんかならなければいいのに」とか「体がだるい」とか、
一見さわやかに見えるオジャパメンにしても、
あの真意は、単に、韓国のアイドルをバカにしているに過ぎないのです。



(ちなみに、このシニカルな側面こそが、
 ダウンタウンのファンに、意外とインテリな文化人が多い
 理由になっているのではないかと自分は思っています。)





このように、かつていなかった「シニカルなチンピラ」は、
「かっこつけ」の時代に飽き飽きしていた社会の風潮にうまくマッチして、
90年代という、本音をぶち壊す時代を作ったのだと、
その意味で、やっぱり、ダウンタウンは革命的だったと自分は思っているのであります。


ダウンタウンのごっつええ感じ』の魅力を振り返る
http://allabout.co.jp/entertainment/varietyshow/closeup/CU20051128A/index2.htm